2020年の目標を決めるにあたって考えたこと

写真はサファリパークを車で回りながら「もしいま本気を出されたらマジで勝てないだろう唯一の動物」と考えたサイです。だって角あるし、ちょっとスピードも勝てる気がしない。(勝てるだろうけど)半分恐竜じゃん。

さて、今日はたぶん、今年の目標を一日中考えてました。

何ていうか目標を考えるにあたって、「本を100冊読む」とか「映画を50本観る」とか、それはそれで難しいし尊い方法だと思うんですが、それだけだと毎年毎年一貫性のないことを考えがちだなと思っています。

その辺のことをまとめたものを別の記事に書いてあるので、そろそろ公開されるはずなんですが、今のところの結論を先に言ってしまうと、「目標よりもビジョンが大切だ」と思っています。

※追記:公開されました。

2019年は僕が急にビジョンビジョン言い始めた年でした。特に何を見て感じたってわけでもないんですけど、実行には戦略ありき、戦略にはビジョンありき、って何かそんなことを考えたんでしょうね。急にどうしたんでしょうね。

で、目標なんですけど、まぁ広い意味でいうとビジョンそのものだと言えるとも思うんですけど、目標ってKPIもって階段を積んでくイメージが強いので、もっと短期的な戦略と同義くらいに考えています。

ここ数年、「一年後にどうなっていたいか」を正月に考えるようにしていています。今年はどんな年になって、どう終わってくかなーってのを緩く考えてみるんすね。

まぁどんな考え方でもいいと思うんすよ。一年後のイメージつかめれば。一年始まったばっかりで来年のこと考えるので、完全に鬼に爆笑されることを覚悟で考えるんすけど。今年はあれな、2020年上半期しいたけ占いを見たりした。

しいたけさん本当に俺のこと分かってんなーって思った。もしかして陰ながら見守ってるあしながおじさん的な人なんじゃないかと思った。でも、食物としてのしいたけはキングオブ嫌いなものなので、ちょっと複雑な気持ち。

今年はあれだなー、って。

「強さ」の年になるかなーってちょっと思ってる。

一昨年は思考の透明性とか、自分らしさ、とか自然さが大切になるって思ってて、去年は変化に対応していくことが大切だと思ってた。まぁ実際その通りになったと思います。

色々と去年の合格点、反省点、改善点込みなんですけど、去年は良くも悪くも(たいていは悪い意味で)優柔不断な部分が多かったかもなーって反省しています。

アジャイル的に「意思決定をあえて遅らせる」って言えば聞こえはいいんですけど、あえる時じゃない時にあえちゃってたなーって感じはしてる。

そういう判断力の強さもそうですし、人間的な強さもそうっすね。老害にならないようにしよーって常々思ってるんですけど、ソフトスキルもそう、学習とか、感性とか、機知機転、そういう総合力を思うように磨けてないなって危機感がちょっとある。

まずそういう剛柔コミコミの総合的な戦闘力を磨いていくことを忘れると、何ていうか、やべーと思うんですよ。(語彙)

最近、ホリエモンの記事で「仲間と馴れ合って寄りかかり合うONE PIECEの面白さが理解できない」(書籍の抜粋記事)ってのを見て、俺はONE PIECE大好きだから意見には賛同はしかねるんですけど、自分ごととして考えたとき、放っておくとどんどん無力になっていく自分を分かっていながら「仲間だ仲間だ」っていうのはやっぱ無理あるし、やべーやつだなって思うんですよね。(語彙)

あとはあれかなー、これ自体がそうなんですけど、こういう頭でっかちなことを考えている時間が長くなった。実行力がともなっていない。アウトプットのための思考じゃないとよくないなってのも少なからず反省点です。

なので、一年後、つまり2021年の自分はこんな感じになってたい。

  • 人として尊敬されるよう人間性と感性を磨くことを怠らず、人の成長を愛する余裕を持っている。
  • アウトプットを意識し、評価や見栄えに本質を見失わず、試行錯誤を繰り返している。
  • 知識と事実による判断を心がけることができ、勘は最後のひと押しとしている。

んで、毎年スタンスを表す言葉を考えとくんですけど、今年は「凛とする」です。「凛」っていい言葉ですよね。めだかちゃんもいっぱい使ってたし。

あとはこれを行動に落とし込んでいこうと思います。

っていう所信表明でした。がんばるぞい。