分岐点に立った時の最後の決定打は、日頃の感情だよねってこと

写真は線香花火に見える木。

orangeさんっていう、今も昔も何やってるかさっぱり分からない人(最近はラジオのパーソナリティとかやってる)と知り合いなんですが、そんな彼から年始の挨拶がてらこんなことを言われまして。

「楽天的平和主義」ってのは、まぁ、僕が初めて持ったサイトのことで、このorangeさんと出会ったきっかけです。そこから俺のネットライフは始まりました。20年もよくネットで出会った人とつながりを保っていられるな。

とりあえずこの人、何度正しても「二人の出会いは正訓が高校生のときだった」って頑なに思ってるんですけど、俺がサイト作ったのは大学入ってからなんで、正確には20年には1、2年足りていません。

まぁ、でもそんくらい経ってはいるんだなってのは事実だなぁ、としみじみ感じ入りながら、寝ている娘の隣でこれを書いています。

20年て。

青春も一回終わる時間が経っていますからね。凄いなぁ。それでもまだ青春の只中にいるような言動しますからね。彼は特に。よく分からん。

人生に分岐点みたいなの、いつだったかなーって思ったとき、やっぱあの頃に確実な分岐点があったなって思うんですよね。二人とも。俺は楽天的平和主義を作ったこと、彼は彼のサイトを作ったこと。

二つとも今思えばマジモンのモラトリアムが腐臭を放ってるサイトだったんですけど、俺はそのサイトを作らなければエンジニアの世界にも入らなかっただろうし、ブログを今書いてることもないだろうし。

彼は彼でその頃よく言い始めてましたよ。

「人の営みで最も尊いのは笑いだ」とか何とか。よく分からないことを今も昔も言う人ですけど、ラジオやってるのとか見てると、あー、今の中に、その頃からの彼、あるなー、って感じはする。

僕らはたぶんそれらを作って日常になって、だいたい日常の感情が良くも悪くも練り上げられていったんだと思いますよ。それがやっぱ所々の判断材料として出たんでしょうね。

入試の時期、そろそろセンター試験ですよね。

入試も分かりやすい分岐点で大切ですけど、分岐点とは分からない分岐点も人生割と多いし、よく分からないままの感情で人生決めてくことのが多いな、と今さら実感しています。

大切にしていた言葉で分かっていたつもりなんですが、それでも。

人生の節目となる瞬間は、自分でそれと分からない。

映画:Field of Dreams