ヒーローの思い出

創りたいサービスには原体験がどうのって話が少し前に話題になってんですけれど、そんなかしこまらなくても人は思い出で作られてるよなぁって思うんですよ。

今日妻の実家から僕の実家まで30分くらいの道のりを寄り道しながら3時間かけて歩いたんですけれど、そこそこ田舎だし自然もそれなりにあるんで郷愁の宝庫なんですよね。郷愁の強襲なんつってね。

(間)

――でね。

ヒーローの思い出、みたいなのが僕にはあってですね。この辺、水が豊富なんですよ。とにかく。富士山そこにあるんで、掘れば湧き水出てくるみたいな地域で。

ドブというにはきれいすぎるドブがその辺流れてて、上の写真もその一つなんですけれど、こういうのが登下校の道の脇に流れてたりするんですね。

で、三つ子の魂百までとは言いますけれど、小学生一年生のころの僕も登下校に時間をかける子でしたね思えば。色んな寄り道をする、秘密基地を巡回してから帰る、みたいな子だったんですけど。

ある日、写真のとこで水の流れを見てました。

僕は小学一年生だったんで、黄色い帽子かぶってたんですね。これ全国でかぶるのかな? 分かんないけど、当時、僕の小学校では黄色い帽子をかぶって登下校するのが決まりでした。色々変わったよね。今は名札もつけないでしょう?

で、川を見てたら、ふいにその黄色い帽子が落ちゃって。

「あっ」つって。

もう小学一年生なんて、その瞬間為す術もないんですよ。そこで川に降りて追いかけて行くような情熱っぽい無謀さは僕持ってなかったし、「あー」って棒立ちで見送るだけ。本当に無力だなーって。

そしたらさ、「どうしたの?」って声かけてくれた人がいて。いや同じ小学生だったんですけど、当時の僕から見たら上背がある、たぶん六年生だったんじゃないかな。

そのときの僕は本当に馬鹿みたいな顔で「帽子がー」って言ったんだと思うんですよ。覚えてないけど想像できる。「帽子がー」って言って川を指差したんだと思う。何なら今もそうする。

そしたら「あぁ」って言って、その彼、「ちょっとここで待ってて」って言うやいなや走り出したの。もう僕、驚愕。「えぇー」って。

姿見えなくなっちゃって。

帽子は帽子で、もう見えないんですよ。

んで。

何分くらいかな、「一回とりあえず帰ろうかな」って思ったから、結構経ったと思う。そしたら彼が笑いながら戻ってきてさ、その手には僕の帽子持ってて、「はい」って。「気をつけてね」って。

僕、「えー!」って。

たぶん彼、この川の川下までダッシュして、取れるとこまで走ってって、手を伸ばして、取ってきてくれたんですよ。なぜなら僕が困ってたから。鼻水垂らした見知らぬ下級生が困っていたから。僕、子供ながらに感動しちゃって。

これが、かっこいいってことなんだって。

超かっこよかった。

超かっこよかったよ。

現代的に考えるとね、色々問題はあると思うんですよ。彼自身子供だし、危なかったかもしれない。

でも、あの出来事を思い出すと、今でも心が奮い立つ。正しいことをしなきゃってシャンとする。その時にしか会ってないけど、今でも彼は僕のヒーローなんですよ。

だから僕は、この世の中に、正しいことはあるし、正しく困ってる人はいる、ってどこかで思ってて。これも現代的に考えて一筋縄ではないことだってのも理解してる程度には大人にはなってんですけど。

でも、目の前で困ってる人がいたらノータイムで行く、って決めてて。そりゃ全然できてないんですけど。僕がかっこいいと思うヒーローがそうなら、自分がそれを目指さないわけにはいかなくない?

これが原体験って言えばそうですけど、原体験っていうか、思い出は人の構成要素だと思うんですよね。それから感動がいい思い出を作ると思ってんです。でもそういう感動に出会える機会って、ほぼ運だと思うんです。

子供が生まれて、子供たちが、そういう感動を運良くたくさん集めていけますように、それから、そういう感動を大切にできる人間に育ちますように、って思っています。

だからそういう感動をたくさん生める大人になりたいなぁって思うんです。