「いったん」の危険な魔力

いくつか仕事で使わないようにしている言葉っていうのがあって、その一つが「いったん」なんですけど。「とは言え」とか「現実的に」とかも、シーンによってあんまり使わないようにしてるんですけど。

このIT業界に限るのかどうなのか分かんないんすけど、みんな本当に「いったん」「いったん」って使いすぎじゃない? 結構最初は面食らった。

意見の食い違いがあればいったん。何かを始めるときもいったん。「味噌汁おかわりいいですか?」みたいな顔でいったんいったん。言い過ぎよ。

これさ、気をつけないとだいぶ危険な言葉だと思ってんすよ。

というのも、この「いったん」って、本来的には、「暫定的にこの措置をおこなってみて、だめだったら変えていこう」っていう協調的で、改善的なスタンスを表す言葉であるはずじゃないですか。PDCAの端緒のはず。

でも、そういう意味でこの言葉が使われて、この精神がずっと生き続けていることが稀。だいたいが己の提案、欲望を押し通すための交渉用枕詞になっちゃってて、その言葉が出ると座りの悪さを感じているのは僕だけなんですかね。

なぜなら「いったん」始めたものを、数日、数ヶ月で変えていこうなんて考えている人、余裕のある人はなかなかいない。というか、だいたい覚えていられない。

「いったん」始まったものが数ヶ月経って、これ変えていくんだっけ? それとも恒久対応なんだっけ? みたいな感じになる。「いったん」始めたことが変えがたいルールにいつの間にかなっちゃってる。「いったん」始めようって言った人が誰だったのかも覚えちゃいられない。

勘違いしてもらっちゃあ困るのが「いったん」始めるのはとてもいいことだと思うんですよ。実験的に経験を増やす、そして方向修正していくというスタンスはとても好き。

でも悲しいかな、「いったん」の魔力は交渉用に使われすぎてる。「いったん」始めるんだったら別にいっかぁみたいに思っちゃう。その「いったん」ってきっと誰も覚えていられませんし、それを変えようとしたときに「いったん」始めたことなんて皆忘れてて、「なんで変える必要あんだっけ?」みたいな話になりがち。「いったん」ってそうじゃないよね。

だから「いったん」って意識的に使わないようにしていて、使うときは自分の意見を押し通したいときじゃないとき。みんながそれに割と同意なんだけど、初めていいかどうか分からないとき、やるのはリスクがちょっとあるかもなー、って感じちゃってるとき。

実験や経験やチャレンジが必要なときに、自分が決める役目だったら「いったんやってみよ」って言うようにしてる。で、「いったん」始めたことは必ず変わるのが前提になる。まぁ結局覚えていられるかは根性なんだけどさ。

とにかくそういう意味で「いったん」ってあんまり使わないようにしているし、あんまり信じられる言葉じゃないよなーって思う。