マッサージに行くようになった

僕の体は恵まれていると思っていた。さしあたって五体満足だし、子供のころから剣道をやっていたからそこそこ体力だってあるし、筋力も人並みにはつく。上背もそこそこあるし、中の中くらいの運動神経もある。最近は持ち腐れて太ってきたが、それでも親から授かった大切な体だ。

マッサージなんて何のためにやるのか全く理解できなかった。

なぜなら僕の体は恵まれていると思っていたし、寝ることに関しては天才的な才能を持っているし、疲れをあまり知らない体だと思っていた。肩だってこらない体質だと思っていた。

30を超えると人は疲れを知るという。みんなそんなことを言って20代をうらやむ。そんなことは僕においてはなかった。むしろ30を超えてからの方がハードに動いていると思う。

だが、どうだ。

疲れは知らないまま、体が痛みを訴えてくるようになった。

これはアレだと思った。一番ヤバいやつだと思った。自覚症状が抑えられているのが一番ヤバいやつだとはよく聞く。何か首が痛ければ腰も痛い。あと目も痛ければ、時々頭も痛い。疼痛が体中で遊び始めていた。ヤバいやつだと思った。

そこでマッサージに行った。

整体とかに行くのが良いのかもしれないけれど、僕の中で整体は病気とか怪我の人が行くところだった。どの面を下げてのれんをくぐればよいか分からない。そこで駅チカでよくある2980円60分のところに行ってみた。

そこはかぐわしい雑居ビルの一室で、ドラえもんの道具で東南アジアの一区角をそのまま持ってきたかのようだった。中国語が飛び交っていた。

扉をくぐってすぐ、後ろから中国人が何かを強い語気でまくしたてながら入ってきた。たぶん中国語だった。店の奥から店主と思しき男性が出てきて、やはり中国語の強い語気で話し始めた。

僕を間に挟んで中国語でやりとりしていたのだけれど、突然店主が「空いてない! 空いてない!」と言って、手をひらひら振った。その後で店主が語ったことなんだけれど、彼が話し始めていた中国語っぽい何かは中国語ではなく理解不能で、「空いてない」という日本語を聞いて出ていったのだという。何だったのか。

しかして僕への施術が始まった。

曰く、店主はそもそも整体師の資格を持っている20年選手のマッサージ師だと言った。本当にうさんくさかったけれど、信じるも信じないも、もう僕はすでに作務衣みたいなものを着せられた丸腰だったので、この場でサバトが始まったとしても逃れるすべがない。

腰が痛いんだ、と僕は伝えた。それだけじゃない。肩もなんか痛いし、目も痛い。時々頭も痛いし、でもきっと肩はこらない体質なんだ、と伝えた。

彼が僕の腰に触れた、その感触を僕はずっと覚えている。

ある種のバブみ。

彼のゴツゴツと、そしてザラザラとした手が僕の腰を揺さぶった。「この辺がイタイんでショ?」と彼は片言の日本語で僕に言った。この男、出来る。なぜ分かる。そう、そこなんだ、そこが痛いんだと僕は伝えた。

心を直に触れられた気分だった。そう、これは父性だ。遊び疲れて、親戚のうちで寝てしまったときの、父が僕を抱っこしてくれた、あの手。あの手が僕の体を包む。バブみの対極にありながら、それでいて、バブみの極致。

肩はこらないんだ、だから優しく揉んでくれと僕は言った。彼は「イヤ、凄くこってる」と言った。こっていたのだった。果たして僕の肩はやはりこっていたのだった。それが目に達し、頭痛をもたらしているのだ。彼はそれを白日のものとし、それから、僕の体を丁寧に揉みしだいた。

バ、バブ〜〜〜〜〜!!!


それが、二年ほど前のことである。それから僕は四半期に一度はそこに通っている。先ほども行ってきた。テクニックの比較はできない。他は行っていないから。でも今は体が軽いという事実だけがある。正直、彼が喋っていることはまだよく分からないけど、誠実さは感じる。

GW付近で本国に数日帰るのだと嬉しそうに言っていた。相当先の話なので僕が覚えている可能性は絶無だけれど、それが過ぎても、僕は彼に指名料200円を惜しげもなく払うのだろう。