変化できなかったやつは滅んだかもしれないけれど、変化できたやつの中でも多くが滅んでるんじゃないかなぁ。

思えば、やっと落ち着いた気がする。

落ち着かなくなったのはいつからかというと、息子が生まれたころからだと思う。それは去年の10月の終わりのころ。

息子が生まれ、自宅が建ち、引っ越しをし、それでも東京と静岡の2拠点生活を続け、でもやっぱ転職をすることになり、矢継ぎ早に面接を受けに受けまくって、転職先を決め、東京を完全に離れた、ほぼその瞬間にコロナの猛襲が始まり、出社日は1日のまま遠隔で仕事が始まった。

さらに引っ越しのいざこざでうっかりPCを失い、注文したChromebookは2台とも届かず、やり場のない怒りに苛まれ、「安く済ます」というコンセプトを忘れポチり、ついに今日、人生初めてとなるApple製品、Macbook Airが届き、これを書くことに成功している。

なじむ。

自分のパーソナルコンピュータというものは実によくなじむ。当然、転職前も転職後も会社からPCは支給されているから、パソコンに触らない日はなかった。しかしながら会社のPCで自分のサイトにログインとかは、まぁ、しない。しないようにしている。

Netflixを見ながらpixivにログインしブログを書くなんてことは絶対にしない。というか、たぶんダメだ。たぶんダメなことは、だいたいしないようにしている。だから自分のPCでそれが何の気兼ねもなくできることが嬉しくて仕方ない。

この数ヶ月で世界は様変わりしてしまった。アメリカでは日のコロナ感染者数が4万5千人を超えたという。多くの人が亡くなり、多くの企業もなくなるだろうし、この世界的な変化に対して影響を受けない人はいないんじゃないかと思う。

基本的に僕は心身的に変わらない状態で日々を過ごしているけれど、それはたまたま仕事が家でもできる仕事で、たまたまインドア派だけだったという話だけなのかもしれない。

Twitterだったかな。この病気が例えば(そんな病気はありえないとは思うけど)、密にならなくてはならない、外を出歩かなくてはならない類のものだったら今、インドアだからこそ心穏やかに暮らしている人は耐えられないだろうという話がバズっていた。それについては自信をもって答えたい。Yes, That’s right. そのとおりだと思う。

変化変化というけれど、なんていうか、正直そのダーウィンさんが出てくる感じにピンときていない。どこに行くかは分からないけれど、乗ってることに何とか耐えてくれよっていうのを「変化」というなら、ハニーハントに乗っているみたいだ。まぁ自然淘汰は実際そういうものを表しているのかもしれないけど。

このPCではまずは文章を書くリハビリから始めたい。