今日もそろえる/Twitterのコミュニティ/友達の作り方

おはようございます。「え、休日も書く?」と正直迷った3日め、「じゃあお前は仕事でこれを書いているのか?」と自分を鼓舞しています。土曜日ですね。

全然事前にキャッチできていなかったんですが、Twitterのコミュニティなる機能がリリースされていました。Twitterは情報収集に振った使い方をしていると、コミュニティがあったとしても発言するイメージがわいてきません。

一応アークナイツに入ってみたよ

リストもトピックもあるので、こと「興味あるタイムラインを追っていきたい」となるとコミュニティは不要な気がした(どころか情報が重複する気がした)んですけど、もしかしたら別アカを作る必要がなくなるのかな、と思いつきました。

いま、Twitter使いこなしてる人、自分の趣味ごとに別アカ持ってるのも珍しくない気がしています。実際自分もプライベートのことからゲーム、仕事、技術、さらには詩を書いたよみたいな話が混在し、それごとに別アカ作るの悪くねぇな……と思ったりすることは無きにしもあらずでした。

それが話題をコミュニティで区分できるようになると、まぁフォロワーにとってもノイズが減って良いのかなーとか思ってみたり。あとは適度にクローズドな空間でどれだけ発言しやすさがあるかは気になっていきますねー。

なんかコミュニティ作ってみたい。てか、いまのところコミュニティ検索できないのかな。できないぽいなー。まだ最低限なんだろなー。

ちょっとそんな話と重複するんですが、大人になってから「友達ってどうやって作ったけかなー」と思うことがままあったりします。

例えばいま、ロードバイクのペダルが壊れているわけです。

ロードバイクに乗り始めたつっても、共通の趣味を持った友達がいるわけじゃないのです。週末に坂道登ったりしているだけなんです。そうすると「ペダルが壊れちゃってー」みたいな話は誰ともできないし、「お前なに使ってるの?」などという語らい、「しょーがねーなー、直したら伊豆でも行くべ」「助かる!ハハハハ!」みたいなイベントもないんです。

まぁコロナの情勢下ということがあるにしても、趣味全般についてそう思うこと多いんですけど、これ順番の問題かとも思ってて、学生時代はそもそも友達がクラスにいたりして、友達を沼らせることによって共通の趣味は作りやすかったはずなんです。

でも大人になって、例えばTwitterのコミュニティとかが最たるものですね、「その趣味」に集まった人とは「その趣味」の話ををするので、広がりというか、一緒に沼っていく状態にはなりにくいのかもなぁ、その接点以外は全く違う生活をしてるしなぁと思ったりするんですね。

――などと。

などと、色々言い訳を言いましたが、人に話しかけるのが怖いです。コミュニティでがんばってともだち100人つくるぞ。それでは今日もお気軽に!