#note

斯くして、2023年3月11日

最近ふたたびドラえもんを見ている。どういった契約になっているのか分からないが、Netflixにドラえもんの劇場版があったり、なかったりして、いまはある。たぶんドラえもんの新しい劇場版が出る時期だけ、Netflixには公開されるのかな? しらんけど。

僕が主体的にまたドラえもんを見始めたわけじゃなくて、子どもたちがまんまとドラえもん好きになってくれたようで、家でも見ているし、車の中とかでも見ている。いまのお気に入りは「新・のび太の大魔境」で、家だとほぼエンドレスで流れていたりする。

各所で語っているけれど、僕自身、ドラえもんはめちゃくちゃ見た方だと思う。なんなら僕を形作った一つのコンテンツだと思う。小学生から大学生にかけてめちゃくちゃ見た。特に劇場版は体に染み込むまで何度も見た。おおむねゲストキャラを覚えているし、文庫本の劇場版漫画も途中まで持っているし、劇場版の主題歌はまだ歌えるし、何なら僕が初めて買ったアルバムはドラえもんの主題歌を集めた「ドラ・ザ・ベスト」ではなかったか。

だけれど、今もドラえもんの劇場版を全部見ているというわけではない。藤子・F・不二雄が亡くなったとき、そのあとに公開されたのは「のび太のねじ巻き都市冒険記」だったのだけれど、それを見終わったとき、「僕のドラえもんも終わったのだ」と思った。それから数年後に声優の方々も一新された。

勘違いしないで欲しいのだけれど、藤子・F・不二雄先生が亡くなろうが、声優の方々が変わろうが、制作陣が移ろうが、ドラえもんは素晴らしい。僕の人生にとって指標の一つであり続けるわけだし、いまだって素晴らしいものを制作されている。ただ、「のび太のねじ巻き都市冒険記」を見終わったとき、僕の中でも何かが終わって、例えるならばドラえもんが未来へ帰った気がした。これからちゃんと生きていかなきゃと感じてしまったのだ。だから僕のドラえもんという物語は一度そこで終わる。

ただそこで考えたことがあって、もし僕に子供が生まれるのであれば、ドラえもんを見せようと思っていたのだ。僕がそうであったように、僕に子供が生まれたら彼らにもドラえもんで冒険をして欲しい。僕がそうであったように、人に優しくするということの強さ、人としての本当の勇気、仲間はどういう存在であるべきか、そういったことをドラえもんから感じ取ってくれるのであれば嬉しい。

だから今回、子どもたちがどっぷりドラえもんを見てくれていることに関して僕は本当に嬉しい。「とーとはこのわんこしってる?」と聞かれれば、「ペコだね。その正体はバウワンコ108世の子、クンタック王子だね」と言えるくらいには知っているので、「シン・大魔境」は「大魔境」へのリスペクトがあふれていることが分かる。子どもたちに夢と冒険を届けてくれているのが分かる。ドラえもんはブレていない。世代交代ができていることに感謝している。

「のび太のねじ巻き都市冒険記」の最後は、小高い丘にどこでもドアが置かれて、ドラえもんたちが帰っていくシーンで終わる。そこでのび太は言う。「きっとまた会いにくるよ!」ドラえもんは言う。「じゃあみんな元気でね!」

それが藤子・F・不二雄からのメッセージ、そして約束だった。僕はそれを見たから、「ここでいったん終わりだ」と思ったのだ。そしていま子どもたちとリビングでドラえもんを見ていると分かる。

その約束は守られたのだ。


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