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心が豊かになるということ

人生の後悔の一つが、「思春期にバンドやらなかったこと」なんです。こんにちは。正訓です。画像は全く関係ないミノカサゴです。

高校のころ、仲間たちは何か狂ったようにバンド活動を始めてませんでした? なんなんでしょうねアレ。雨後の筍っていうか、ウミガメの誕生っていうか、とにかく、いっせいにみんな楽器を手にもつ時期がありました。しゃらくせぇ。

僕と言えばそういう仲間たちをどこか冷めた目で見ていて、だからといって仲が悪いわけじゃないんで、そいつのウチに行ってですよ、友達数名で大してひけていないであろうギターやらベースやらをあーだこーだしている横で、僕はスプリガン読んでたりしていました。朧つえぇ、とか思いながら、横目でほら、その時流行っていたGreen Dayとか、ハイスタとかを聞いてたわけ。

でもその時は羨ましいなんて全く思っていないつもりだったんですけれど、思い出すとすげぇ羨ましかった。悔しい。スプリガン読んでる場合じゃなかった。「マーリンかー」とか思ってる場合じゃなかった。今すぐ隣のギターを奪ってかき鳴らすべきだった。俺こそがスターだと言ってやるべきだった。

でもそんな瞬間はその後も一切やってこなくて、つつがなく36歳になりました。カラオケとか行って、「俺すげぇ音痴だなぁ」なんて思うくらいで音楽からは遠い生活のオッサンです。僕の中のハイスタは、友達が鳴らしていたギターの音のことなので、記憶の中でも、ところどころリズムがたどたどしい。そんな記憶を後生大事に抱えてきたのが、とても大切な思い出だけど、同時にとても忌々しかった。ハイスタを聞くと、無力感とスプリガンを思い出します。

そんな状態の僕だったんですけれど、37歳直前になって、ベースを始めることになりました。何か会社の人たちが多彩で、音楽が本業だったり、セミプロみたいな人がいるんです。だから「バンドやろうぜ」みたいな気運が高まっていて、過去のそういう後悔もあったことから、「やるやる! 俺やる! 何もできないけどやる!」って恐れ知らずで言ったら、「お前はベースだ」と言われました。不本意ではないけれど、何かすげぇ、血液型占いにも似た決めつけを感じる。でも、もし自分が天才だったらどうしようとか思ってワクワクしました。スプリガンの記憶を今こそ改訂するときなのです。

まずは結論、天才じゃなかったんですけど。

会社の人にベースを借りました。まずアレ、何すればいいんでしょうね? さっぱり分かりませんし、とりあえずメトロノームを聞いています。あとそんな時間が取れなくて毎朝30分くらい運指の練習をしているのですが、何なんでしょうあの時間が止まっているかのような孤独。よく分からん。うまくなっているのか分からないんですけど、指の皮がむけました。

でも凄い楽しいじゃないですか。

ミスチルのスコアを買ってきました。Tomorrow Never KnowsのAメロまでが何となくひけるようになったと思います。合ってるかどうか全く分からないんですけど、凄い楽しい。とりあえず次に進むためには、タブ譜の意味を理解しないと無理そうです。

で、同僚に「ベースがかっこいい曲」とか教えてもらって聞いてるわけなんですけれど、ここまで話しといてアレですけど、実は今まで僕、「バンドにベースいる?」とか思っちゃってて、つーかベースの音聞こえなかったんですよね。ベースの音まず知らないし、聞き取れなかったんです。

それが自分でベース触ってみて、ビーンッとかってひいてみたりして、やっとこう、ベースの音がどんなものなのかっていうのが分かって、音楽の中からそれを見つけようとしてみたんです。結構たぶん初めて、音楽の中にある音を分解して、理解しようとした。そしたら音の奔流の中から一本線、これベースじゃない? ってのが引っ張ることができるようになってきた。聞こえるようになってきたんです。ベース。

おおっつって。

それだけじゃない。集中して聞くと、音楽って、当たり前のことかもしれないんですけど、色んな楽器の色んな音階が色んなリズムで折り重なっていて、「これ宇宙じゃん」って思った。大げさに言えば。すっげぇ複雑で繊細な線の上を大胆に歩きながら、何かを届けようと必死じゃん、って思った。僕は。今さらなんですけど。

そこでハッと、豊かになるってこういうことなのかもしれないな、って思いました。自然でも人工物でも、あまねく存在するすべて、例えば森林の水の循環システム、工芸品の一筆、食べ物の隠し味、システムの中に存在するUI、あるいは人の機微、そういった捉えることの難しい複雑な織物のような中の一糸に、気づくことができて、尊重することができるかどうか。これが豊かになる、という一つの方法なんじゃないか、と思ったんですね。いや、有意義だな。

でも僕は「豊かとはそういうことだ。新しいことに常にチャレンジして、世界の秘密を一つ残らず見つけたまえ」なんてガツガツしたことを短絡的に言いたいわけじゃないですよ。そういう啓蒙が広がってる時代ですけどね、そう思ったらそれでいい、そんなんじゃなければ好きに生きればそれでいいんだと思います。たぶん、何かの条件がふとそろったときに、自分が本当に気づいて、1ページめくれるようになるんだと思うし、それが素敵なんじゃないですかね。ベース楽しも。フレッドレスベース欲しい。

ただ、スプリガンは面白いので読んだ方がいいです。